山形新聞掲載コラム
頑張れ モンテディオ山形
「勝ちあり 負けあり 共に希望を捨てず」
山形新聞9月16日(金)夕刊掲載紙面
※このコラムは山形新聞社の許可を頂き、転載使用をさせて頂くものです。
鈴木淳史
すずき・あつふみ氏は1970年寒河江市生まれ。法政大卒。著書に「私の嫌いなクラシック」「不思議な国のクラシック」「『電車男』は誰なのか」「美しい日本の掲示板」など。
今年もモンテディオ山形は、J1昇格を狙える位置にある。こういうチームを見続けるのは楽しい。
毎年優勝するようなビッグクラブを追い続けたいという気持ちもわかる。「自分が成功したい」という個人的な思いを、そのクラブの栄光に代行させることができるからだ。
しかし、わたしは自分が一緒に歩んでいけるようなクラブがいい。自らのメンタリティとチームがあまり無理なくシンクロできるような、等身大のクラブが好きなのだ。
そもそも自分も、最初は海外のクラブばかりみていたものだ。テレビ観戦が多いが、旅行中は必ず試合に行く。ときには四部リーグの試合にも行くようになった。サッカーを見るだけで、その街の風土の特徴をとらえることができることも知った。
チームと一体化して、喜び、怒り、悲しんでいる人をたくさん見た。そういう場所では、わたしはいつまでたっても「観光者」でしかない。
わたしが現在住んでいる東京にも二つのJリーグ加盟のクラブがある。しかし、東京と言うさまざまな種類の人間のあふれる場所にしては、格段にその数は少なく、自分がサポートしたくなるクラブはまだ現れていない。
数年前、等々力競技場(川崎)で、初めてモンテディオ山形の試合を見た。パスを多用し、戦術的にもすぐれたチームだと思った。以後、山形のアウエーゲームに何度か足を運んだが、いい試合をするものの、なかなか勝ちきれないチームという印象を強くした。
わたしは、こういうチームに弱いのである。こういうチームだからこそ勝ってほしいと、応援に熱が入ってしまうのである。
なによりも、山形は自分が生まれ育った地なのだ。こういう場所に、モンテディオ山形のような、自分好みのクラブがあることは、とてもうれしいことだ。
ホームスタジアムのバックスタンド越しに見える奥羽山脈の美しさ。山形サポーターの牧歌的な雰囲気。今年のようにホームでなかなか勝てないというのも、いかにも山形人らしいのかもしれない。
今年は前橋のザスパ戦、三ツ沢での横浜戦に足を運び、佐々木勇人や原竜太という新しい戦力に目を見張った。一方で高橋健二や大塚真司といったベテランも健在である。おそらくJ2屈指のテクニックを持ったチームのはずた。フィジカルで押しまくるJ1の強豪クラブよりも、見ていて楽しいサッカーをするのだから。
気になることもある。選手をはじめ、監督もフロントもまじめな人が多いのだろう、近年やってくるブラジル人も、ずいぶんおとなしい気質の選手ばかりだ。レオナルドのようにセンターバックとして頼りになる選手ならよいが、攻撃陣としてはもっとエゴイストで、いざというときに恐ろしい力を発揮できる選手が今の山形には必要なのではないか。
現在の組織力を保ちつつ、そんな「弾(はじ)ける」タイプの選手に能力を発揮させる。その選手が持ち前の能力を損なわずにチームに溶け込めることができたなら、クラブは躍進し、山形という場所だってもっと住み心地がよくなるに違いない。
さらに欲をいえば、サッカー専用の競技場があればいい。仙台スタジアムがもっているような、ワクワクしてしまう雰囲気を山形でも味わいたいものだ。
おそらく、モンテディオ山形は近い将来、J1に昇格することができるだろう。しかし、再び二部へ降格する日もやってくる。そして何シーズンか二部で過ごしたのち、また一部へ返り咲くに違いない。あるいはわたしの生きているうちに、運の巡り合わせで、一度くらいはJ1でリーグ優勝をするかもしれない。いや現実にそうでなかったとしても、わたしは死ぬまでその希望を捨てずにいることができるだろう。
人生において、人はそう何度も成功するわけではない。だからこそ、成功の喜びは大きい。
(フリーライター、寒河江市出身)


